福岡グルメ小説“N氏の晩餐”番外編/草木饅頭とウイスキーのマリアージュ

十五年勤めた新聞社を退職し、フリーライターとして独立したのは三年前のこと。

かつての炭鉱労働者にスポットを当てたルポルタージュをいつか書きたいと、その下取材として半年前から、月に一度の割合で大牟田に通っている。

大牟田での仕事を終えたあと、必ず寄るのがこの大牟田名物・草木饅頭の店だ。

上品な甘さ、つまんで口に入れるのにぴったりな大きさ、そして何より手頃な価格が気に入り、取材帰りに二、三箱もとめるのが常になっている。

上りの西鉄特急に乗り、終点の一駅手前。薬院駅で途中下車して、“いつもの” 店へ向かう。

ちょうど大牟田での取材を始める頃、六本松の京極街にある老舗の小料理屋を取材中、偶然そこに居合わせた、いかにも“通人”という風情の紳士となぜか意気投合。ぜひもう一軒とタクシーに乗せられ、連れてこられたのがこのバーだった。

巨木の一枚板のカウンター、棚にずらりと並んだウイスキーの瓶、窓の外に広がる大通りの夜景。その非日常的な空間に一瞬で魅了され、以来、月に一度の贅沢と称して、このバーに寄るようになった。

「サッパリしたソーダ系のカクテルを」という極めて漠然としたオーダーで作ってもらった、華やかな香りとほのかな苦みが効いた絶妙な味わいのカクテルを口に運んでいると、マスターの口から思いがけない言葉が出てきた。

「お土産にいただいた草木饅頭に合うウイスキーを一緒に探してみませんか?」

目の前に、きれいに盛り付けられた草木饅頭とウイスキーのボトル、そしてチューリップのような形をしたグラスが置かれた。

一杯目はスコットランド・アイラ島の『ブナハーブン』。

草木饅頭を口に運び、ゆっくりと飲み込んだところでウイスキーをひと口。

「なんだか、抹茶を飲んだ後のような爽快感が口の中に広がりますね」と率直な感想を述べると、マスターはニヤリと微笑んだ。

二杯目はスコットランド・ハイランド地方の『クライヌリッシュ』。

上品な味わいの草木饅頭と合わせることによって、ウイスキーの “尖り” や “クセ” のようなものが和らいだように感じる。

三杯目は同じくスコットランド・ハイランド地方の『ウルフバーン』。

「3年熟成で若いウイスキーですが、草木饅頭がもつ豆の風味や砂糖の甘さと合わさることで味わいに奥行きが生まれ、コクが加わりますよね。これがマリアージュの妙なんですよ。一緒に味わうもので洋酒本来の香りや旨味といったものが、いっそう引き出されるのです。」とマスターが嬉しそうに解説してくれる。

それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。目の前にはウイスキーのボトルがずらりと並んでいた。

とにかく分かったのは「和菓子とウイスキーは相性が良い」ということ。ウイスキーのつまみはナッツやチョコレートだけではないのだ。

それにしてもすごい量を飲んでしまったと、おそるおそる会計を申し出ると、差し出された計算書にはカクテル一杯分の値段しか書かれていない。

「私が学生時代に、あるバーでアルバイトをしていたとき、お客様を連れてこられた “あの方” が、今日と同じことを体験させてくださったのです。私のバーテンダーとしての原風景を思い出させていただいたことへの心ばかりのお礼です。」

そのマスターの言葉を思い返しながら、私は光に包まれた大通りを歩いていた。

私が今まさに取材すべき相手は、実は “あの人” なのではないか・・・そんなことを考えながら。

Produced by 福博ツナグ文藝社

取材協力:バー ライカード

 

※情報は2017.8.6時点のものです

AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

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