パワースポット!? 福岡県うきは市の装飾古墳を巡ってみた

福岡県の筑後川流域と熊本県の菊池川流域には装飾古墳が多く造られていますが、中でも福岡県うきは市には貴重な装飾古墳が7基もあるそうです。そこで!九州国立博物館が考古好き女子のために発足した部活「きゅーはく女子考古部」3期生が7月29日、うきは市の古墳を巡るツアーを開催し、それに同行させていただきました。

専用のバスに乗って出発!

専用のバスに乗って出発!

太宰府の九州国立博物館をバスで出発して約1時間でうきは市に到着。最初に向かったのは、珍敷塚(めずらしづか)古墳です。

「古墳巡りツアーあるある」の一つだと思いますが、案内板を見ても「え?どこに?」とピンとこないことがよくあります。今回もこんな道路の真ん中に案内板があるのですが、案内板の先を見ても民家のような建物しか目に入らず・・・でも、確かにこちらが「珍敷塚古墳」のようです。

珍敷塚古墳は、古墳時代後期(6世紀)に造られた円墳です。名前の通り、珍しいから「珍敷塚古墳」と呼ばれているそうですが、中に入って古墳に描かれた壁画を見て納得。これは珍しい!!

写真撮影はNGなのですが、どんな壁画が描かれているか写真が飾ってあったのでそちらをご覧ください。

壁画は、赤と青(灰)の顔料と岩の地肌を利用して3色の色合いで構成されています。中央には大きな蕨手文(わらびてもん)が描かれ、左側には同心円文、その下には船を漕いでいる人の姿も見られます。中央部分の建物のように見えるのは、弓矢が入った靫が3つ並んでいます。古墳内には、分かりやすいイラストもありましたので、ぜひこちらもチェックしてください。

このイラストをチェックすると、どうやら、ここに葬られた人物が、太陽が支配する『陽』の世界から、月が支配する『陰』の世界へ、鳥が導く船に乗って旅立とうとする姿が表現されているようです。まるで、エジプトの「死者の書」にあるようなストーリー展開。古代日本人の思想が垣間見える気がします。

さて、次の古墳を巡る前に、うきは市吉井町にある「器と暮らし テカラ」で古墳グッズや埴輪に夢中になったり、

明治の面影を残す重厚な「鏡田屋敷」で、特別に提供された古墳弁当やバーガーをいただき、部員同士で今後の打ち合わせをしたり、

古墳雑貨が並ぶ雑貨店「立丁尾花」を訪ねたり―。

単なる古墳見学ツアーに終わるのではなく、現在の生活に引き寄せて、古墳関連で自分たちが楽しめる企画を盛り込んでいるあたりがさすがです。

さて、うきは市には7つの装飾古墳があると紹介しましたが、公開されている(要予約)古墳は、「珍敷塚古墳」と「日岡古墳」のみです。・・・ということで、続いて「日岡古墳」を目指しました。

残念ながらこちらも撮影NGなのですが、奥壁のほぼ全面に場所によって色が異なる丸がいくつも描かれています。資料を見ると「わらび手文」や「三角文」の模様もあり、中には船や魚、獣なども描かれているそうですが、とにかく暑すぎてダウンしそうでしたのでそこまで確認ができませんでした。。。ちなみに、日岡古墳は横穴式石室で、石室の床にある大きな石は、天井の石が落ちたものだということでした。

日岡古墳のすぐ近くにある「月岡古墳」も訪れました。こちらは装飾古墳ではないのですが、若宮八幡宮内にある前方後円墳(5世紀半ば)です。

奥に見えるのが石棺です。

奥に見えるのが石棺です。

石棺は長持形石棺(ながもちがたせっかん)というものですが、このような形の石棺は近畿地方を中心によくみられるそうです。石棺の形や古墳の形、発見された副葬品などの存在から、月岡古墳に葬られた人物は、当時の政治の中心地である大和地方と強いつながりを持った人物とみられているそうです。

最後は、「塚花塚古墳」と「楠名古墳」へ。

塚花塚古墳には、蕨手文や同心円文、三角文、靫がそれぞれ赤と緑で描かれているようですが、分かったような分からないような・・・

楠名古墳は、洞窟のようなイメージ。中に入ると涼しく、大人数でも窮屈さを感じません。

全長18mの横穴式石室。6世紀中頃から7世紀初頭に築造された古墳の中では、九州内で3番目の石室の長さだそうです。

今回のツアーは、遠い昔、先人たちが築いたお墓に入り、当時の人たちの生活に思いをはせる貴重な体験となりました。みなさんもぜひ夏休みや秋の行楽シーズンに古墳巡りをしてみてください♪

※次回の活動は、「貫頭衣(古代衣装)作り」を行う予定です(8月26日)。

※きゅーはく女子考古部の詳しい活動内容は、九博ブログをチェック!

※情報は2017.8.9時点のものです

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