女たちの饗宴 vol.3 – 友情とは

@Bar Ugle

走るのだ。信じられているから走るのだ。
間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。
人の命も問題ではないのだ。
私は、なんだか、もっと恐ろしく
大きいもののために走っているのだ
(太宰治「走れメロス」)

 

間に合う、間に合わないかは問題ではない。
メロスは「友情」を証明するために走る。

 

友情とは何か―。メロスにとって、自分を信じてくれる友に対し、精一杯の誠意で応えること(走ること)だった。

 

大人の女性たちが集まり、哲学的考察を深めていく「女たちの饗宴」。

「女たちの饗宴」の3回目のテーマは「友情」について。

「友情」「友だち」「親友」-。
簡単そうで、幼いころから分かっていることのようで、案外、答えのない問題について考えた。

 

波呂玲衣子さん

波呂玲衣子さん

「小学校から大学までバスケットをやっていた。友だちについては、友情というより同志とか、仲間といった感じかな。いい時も、悪い時も、そばにいてくれる人。相手のことを自分のことのように考えたり、一緒に喜びも悲しみも分かち合うことができる存在」

 

池田三紀さん

池田三紀さん

「女性って、出産や結婚など環境が変わっていくし、その時々で考え方や価値観が変わることもある。でも、どんな状況にあっても、否定するのではなく、共存というか、認め合うことが友情だと思う。なんでも知り合っているという関係ではなく、時には何も聞かずにそばにいてくれる優しさ。そういう友だちに救われたこともある」

 

早田麻理子さん

早田麻理子さん

「友情は、一緒に過ごした時間や積み重ねてきた経験の数ではなく、お互いの感情が合うときに生まれるのだと思う。お互いの気持ちや感情が、どれだけ深く触れ合えたのかが大事なのだと思う」

 

須藤美香さん

須藤美香さん

「学生のころは、友だちに相談することが苦手だったけれど、大人になったら自分の弱い面も素直に言えるようになった。以前は、友だちに対して負けたくないというライバル的なところがあったけれど、最近は友だちのハッピーを素直に心から喜べるようになった。友だちに対して、自分との境界線を感じなくなって、友だちがハッピーだと自分もハッピーになれるようになった」

 

阿部博美さん

阿部博美さん

「子どものころは2年おきに転校していたし、友だちに対してはつねに深入りしないようにしていた。深入りすると別れがつらいから。今、友だちはたくさんいるけれど、改めて考えると友情ってなんだろうと思う。でも、まったく連絡を取り合っていなくても、会えばいつでも自然体でいられる友だちがいる。お互いそれぞれの人生のステージを歩んでいるのに、友だちとして続いてきた、これからも続いていくんだろうな、と思える友だちがいる」

 

寺島みち子さん

寺島みちこさん

 

「子育てをしている中でも、友情をどう育むかを教えることは大きいテーマ。友だちは、子どもが人間関係を築く上ですごく大事な存在だと思う」

 

「子どものころからの友だちも大事だけど、大人になってからの友だちも楽しい。一緒に過ごした時間が浅いとか深いというのではなく、心地よい距離感がある」

 

「友だちについて語り合うことなんて普段ないよね」と話しながら、友情観について語り合う女性たち

「友だちについて語り合うことなんて普段ないよね」と話しながら、友情観について語り合う女性たち

 

【編集メモ】

「友だちを大事に」と幼いころから大人たちに言われてきた。
そのころの「お友だち」は、クラスメートだったり、近所の友だちだったり。大人になって、友だちの意味は少し変わってきたように思う。

過ごした時間の長さや積み重ねた経験の数でははかれない何かが、大人になってからの友だちにはあるような気がする。

「友情」について語り合った約2時間の「女たちの饗宴」。ここで共有した時間は、とても深く、濃く、忘れられない時になった。

 (文・一木朋子、撮影・古賀亜矢子)

【女たちの饗宴について】

お店画像「女たちの饗宴」は、「大人の女性たちが集い、哲学的考察を共有することで人生をより深く楽しむ」ことを目的とした夜の集いです。

「饗宴(シンポシオン)」とは、ギリシアの哲学者プラトンの著書名。同書には、ギリシア時代、ワインを片手にソクラテスやプラトンなど哲学者たちが愛やエロスについて語り合った様子が生きいきと描かれています。

「女たちの饗宴」では、ギリシア哲学者たちが語り合ったように、毎月1回テーマを設定し、少人数でそれぞれの考えを語り合っています。

※情報は2013.7.19時点のものです

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