運行5年目「ななつ星in九州」もっと愛されるために 企画担当者の思い

 今回は、JR九州クルーズトレイン本部の水嶋法子さん(40)にお話をうかがいました。

2013年10月に運行が始まった、豪華寝台列車「ななつ星in九州」。水嶋さんは、この列車に関するさまざまな業務に携わっています。

 もともと鉄道にはあまり興味がなく、乗り物にも酔いやすかったそうです。しかし、就職活動をする中で、JR九州の幅広い業務内容を知り、「面白そうな会社だな」関心を持ったのだそうです。

「ななつ星in九州」について語る、水嶋法子さん

「ななつ星in九州」について語る、水嶋法子さん

 ―今月で運行5年目に入る「ななつ星in九州」の企画担当だそうですね。

 運行ルートの開発や訪れる地域の観光プラン、車内販売や通信販売で扱うオリジナル商品の開発や商標管理など、業務は多岐にわたります。「記念になるお土産がほしい」というお客さまからのご要望で、焼酎、織物、食品など、これまで約100点を開発しました。コースに入っていなくても、例えば奄美大島の大島紬など、素晴らしいと感じた品々は、ウェブサイトの「ななつ星セレクション」というコーナーでご紹介しています。九州の魅力あるものをいかに掘り起こし伝えていくかということを肝に銘じて動いています。

各地で歓迎を受ける「ななつ星in九州」(西日本新聞社所蔵)

各地で歓迎を受ける「ななつ星in九州」(西日本新聞社所蔵)

 ―災害発生時の対応は大変でしょう。

 7月の九州豪雨発生時は、長期保守点検のため、幸い運休していました。しかし、久大線が一部不通になり、来年3月から予定していた日豊線へのルート変更を急きょ前倒ししました。大分県宇佐市などの観光関係者や、料理人の方々が迅速に対応してくださったおかげで、8月下旬に設定していた点検後の運行再開に間に合わせることができました。

 

 ―これまでの仕事で、印象に残っていることは。

 小倉駅で、女性初の副駅長として着任する際、「何があっても逃げない」と決めました。小倉駅は利用客が多く、事故やトラブルも少なくないのですが、どんな場合にも素早く対応して、お客さまには時間をかけて丁寧に説明するよう心掛けました。感情的になっていらしたお客さまが、後日、声を掛けてくださったときは、この仕事をやっていて良かったと思いました。

 九州新幹線が開業した2011年3月の出来事も、強く心に残っています。当時は営業部に在籍し、開業前日の3月11日は、熊本県の新玉名駅で開業セレモニーの準備を進めていました。そんな中、東日本大震災が発生し、セレモニーは中止となりました。

でも翌朝の早朝5時には、地元の方が約100人集まり、初めて入ってくる新幹線を迎えてくださったのです。現地にいたスタッフは、皆泣きました。そのとき私は、こんなにも歓迎されている新幹線は幸せだと思いました。

 

――「座右の銘」はありますか。

 「あなたが何気なく過ごした今日は、昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたいと願った明日かもしれない」という言葉です。韓国でベストセラーになった小説「カシコギ」に出てくるフレーズだそうです。

実は10年前に、親しい友人を亡くしました。この言葉を知り、友人のためにも、一日一日を大切にしようと思うようになりました。

 

 ―今後の抱負は。

 若いころからいろんな企画に挑戦し、自分の思いを形にしてきました。仕事で得た財産を、後輩へ受け継いでいきたいと思っています。

 「ななつ星in九州」が、九州の列車としてもっと愛されるために、さまざまな企画に取り組んでいきます。

「ななつ星in九州」乗客専用の待合室「金星」の前で

「ななつ星in九州」乗客専用の待合室「金星」の前で

 

【プロフィール】

みずしま・のりこ 北九州市生まれ。東京大経済学部卒業後、2000年4月にJR九州入社。営業部、小倉駅副駅長などを経て2014年2月からクルーズトレイン本部。

※情報は2017.10.7時点のものです

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