惑うことなく、迷わず突き進め! 中村裕子さん(CAから講師、ラジオパーソナリティ)

今回は、毎週火曜日13:00~【コミュニティーラジオ天神COME×TEN】のパーソナリティを務める、中村裕子さんをインタビュー!

Q)どんなお仕事をされていますか?

A)大学への就職セミナー講師・面接指導講師、エアラインスクールの非常勤講師、そして週一回「コミュニティーラジオ天神COME×TEN」パーソナリティを現在しています。

Q)マレーシア航空のCAをされていたそうですが、メディアに興味があったのですか?

A)もともとは、ラジオなどのパーソナリティになりたかったんです。今思えば、その夢がかなっていますね。

私が大学を卒業する頃は、丁度バブルが崩壊した後でした。仕事が無くて、なんと卒業後、半年間無職。そんな時、父から言われた一言で、大きく動かされました。『働くことはいつでもできる。今、本当にやりたいことをしなさい』。今したい事をしよう!そう思いました。

Q)その時、何をしたいと思ったのですか?

A)『海外に行って、甘えた自分を鍛えてくる!』と思いました。卒業式2日後、かねてから準備をしていたワーキングホリデービザでオーストラリアに渡りました。

同じくパーソナリティを務める太刀山美樹(左)さんと料理研究家のけんちゃんこと嘉村健志さんと

同じくパーソナリティを務める太刀山美樹(左)さんと料理研究家のけんちゃんこと嘉村健志さんと

Q)オーストラリアはどうでしたか??

A)オーストラリアに着いたものの、食文化は合わない、言葉は足元にも及ばない、、、途中でおかしくなって、気分転換にケアンズから、エアーズロックまで旅に出ました。ヒッチハイクもしました。鉄道、バス、徒歩…とにかくお金が無いから、野宿のようなこともしましたし、食パンに歯磨き粉を塗って食べたこともありました。体重がシドニーに着いたころには30kg台…2足歩行しているのが奇跡なくらい(笑)その頃にはかなりメンタル面が鍛えられていました。

Q)その後帰国し、それからどうしたんですか?

A)この過酷で無謀な旅のおかげでかなり「度胸」も据わっていましたし、あの旅を達成したことで「怖いもの」「失う」ものがまったくなかった。だから勢いで、当時たまたま求人がでていた外資系の航空会社を2社同時に受け、私を拾ってくれたマレーシア航空に入社することになりました。

Q)CAは、トレーニングを積んでやっとなれる、という超難関なイメージですが…?

A)そうですよね。だからこそ、やれる事は全部やりました。履歴書の写真の全身写真は当時誰も思いつかないような写真を送りました(内緒です(笑))

書類はいろんな友人が力になってくれ、素晴らしい履歴書ができあがりました(笑)。書類も無事通過、次は面接です。全部英語。人生最初の面接だったのですが、それはそれは楽しかった(笑)。

グループ面接を終えて部屋を出ると、私1人呼び戻されました。そして面接官に言われたのが、『君、本当に日本人?どうしたらそんな風になれるの?面白いから採用しようと思う!』

Q)そして採用になったのですか?

A)そう。その時の私は、お金も仕事も無くて必死だった。そして海外生活で学んだ「口約束の怖さ」(笑)。その場で、『〇月〇日。あなたに仕事を与えます』とサインを頼んだのです。今思えば…無知は無敵です。そして無事、約束通り、1998年1月10日マレーシアに召集されました。スーツケース2つで、現地に降り立ちました。自分の力でチャンスを掴み取った!そう感じた瞬間でした。そしてそれからのトレーニングが過酷で、本当に地獄だった…。もう一度あの頃に戻る?っと言われたら土下座して丁寧にお断りします。そのくらい新人トレーニングはメンタル的にも肉体的にもきつかった。

マレーシア航空のCA時代

マレーシア航空のCA時代

Q)CAをなぜやめたのですか?

A)誰もが記憶にある、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロです。あのテロがキッカケでした。民間機が武器になるなんて…。そしてあのテロで親友も失った。『生きる』ってことを深く考えたときに、やりたいこと叶えたいことにどんどんチャレンジしていこうと思いました。

Q)その後は何を?

A)パリとロンドンに数ヶ月づつ住み、そして帰国。ご縁を頂いて、エアラインスクールの指導を7年。出産を機に退職。その後、実母・祖母の闘病が始まりました。今まで自由に生きていた私に訪れた『家族と向き合う時間』だったと、今、振り返れば思います。

同時期から闘病をする家族の気持ちや育児のストレスなどをブログで発信するようになりました。たくさんの仲間がSNSを通じてできました。サークルを作り、同世代の女性との交流を盛んにするようになって、たくさんの刺激を受けました。

そして、また教育現場に戻る機会とユーストリームにて番組を持つという機会に恵まれました。かねてから大学でセミナーをしてみたいと願っていたので、本当に今の『講師』という職業こそが天職だと感じています。またユーストリームというメディアに関わることで、学生時代の『ラジオ局でのパーソナリティになりたい』という夢を(かなり時間がかかりましたが)叶えることができました。

Q)未来の自分へのメッセージをお願いします。

A)今までと変わりなく…『即断即決』。惑うことなく、迷わず突き進め!前だけ向いて!

【編集後記】

裕子さんは言われていました。『今輝く人たちは、何もない辛かった時代を絶対経験している。そんな時代は、誰にでも必ず来るから。でもその後に、自分で掴み取るの!だから、輝くの*』。私にとって、裕子さんの経験は、まるで奇想天外。でも、そこにあるのは、『自分はこれをやるんだ!』と、答えを出し続けた自分自身。そんな彼女だから、出てくる言葉、伝えられるものがある。そしてそれが、多くの人達を魅了していき、多くの人達を満面の笑顔に変えていきます*深く強く、惹きつけられる女性でした*

(長谷川春奈)

 

 

※情報は2013.12.23時点のものです

中村裕子さん

福岡県若者しごとサポートセンター

就職活動セミナー講師

TOEIC・SPI英語・英検講師

コミュニティラジオ天神COMI×TEN FM77.7「MOVE for NEXT」毎週火曜日13:00~14:00

イベントプロデューサー

福岡の好きなところは?
『勝負の神 箱崎宮』。何か勝負事の前に、参拝し士気を高めて勝負に臨みます(笑)

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