誰もが明日も生きたいと思う世界に 大塚祐子さん

「偏見のない世界をつくる多国籍コミュニティハウス」「オーガニックハーブで貧困農家の収入UP」「バングラデシュの貧困層に雇用を生み出す縫製工場」…国境にとらわれることなく、世界の「貧困」や「環境問題」などに向き合い、社会的課題の解決を目指すソーシャルビジネス会社「ボーダレス・ジャパン」。今回ご紹介する人は、ボーダレスジャパンのアライアンス統括マネージャー、広報・PR担当の大塚祐子さんです。

大塚さんが担当している事業は、同社が展開する9事業のうち「バングラデシュに雇用をつくるビジネス革製品」。ソーシャルビジネスで世界はどのように変わるのか-。仕事のやりがいは-。大塚さんにお話をお伺いしました。

-現在取り組んでいるビジネスについて教えてください。

ボーダレス・ジャパンには現在、発展途上国における貧困問題や世界中でおこる人種差別などの社会問題を解決するための9つのビジネスがありますが、私は、Business Leather Factoryに所属し、バングラデシュに雇用をつくるビジネス革製品のブランディングや店舗展開を担当しています。

 

-バングラデシュで革製品をつくり、日本で販売するのですか?

はい。バングラデシュは失業率が高く、アジアの中でも最貧国の一つです。この国になんとか雇用を生み出し、少しでも彼らの生活が豊かになればと思っています。

 

-革製造業を選んだ理由は。

バングラデシュは、国内の9割がイスラム教徒です。イスラムの世界では、年に数日間「犠牲祭」(イード・アル=アドハー)と呼ばれる宗教的な祝日があり、この期間、牛(家畜)を生贄として捧げ、貧しい人と分かち合う習慣があります。牛が食料として解体された後には、表皮(=皮の原料)が残ります。こうした背景から、昔から皮革産業はバングラデシュの主要輸出産業の1つでした。私たちは、他国と比較し、皮革産業が今後バングラデシュにおいてさらに維持拡大ができる産業であると考えました。

 

バングラデシュの工場で働く女性

バングラデシュの工場で働く女性

-現地で工場を経営しているんですね。

当初は、商社として雇用を生み出そうと考えていましたが、まともな労働環境が整った工場が非常に少なかったことから、工場から経営して労働環境を整えていこうと考えました。2013年5月、従業員2名でスタートした60坪の小さな工場は、1年後の2014年7月には900 坪の工場に移転するほど成長し、2016年1月現在の工場人数は300名になりました。しかしながら、工場建設を進める中で、皮革産業による環境汚染問題も表面化。現在は、雇用問題だけでなく環境問題の解決という目的も加わり、活動を行っています。

 

-現地で作った製品はどこで購入できますか。

完成した革製品は、期間限定の臨時店舗を出店するなどして販売してきましたが、昨年6月、福岡市の天神地下街に全国初となる本革製品の常設店舗「ビジネスレザーファクトリー福岡天神店」をオープン。これから大阪、東京、熊本などに出店し、2016年度内に10店舗をオープンする予定です。2017年度には海外出店も目指しています。

ビジネスレザーファクトリー福岡天神店

ビジネスレザーファクトリー福岡天神店

-天神地下街の革製品店が、バングラデシュで生産されたものとは気がつきませんでした。

あえて社会貢献色を消しているんです(笑)。私たちはバングラデシュの人たちと「世界一の革製品をつくる」ことを目指しています。「この革製品を購入すればバングラデシュの人たちの雇用が確保される」といった気持ちで購入していただくのではなく、お客様には「素敵な商品だから購入したい」と思ってもらいたいんです。その上で、「なぜ革製品がこんなに安いの?」「バングラデシュの工場でなぜ?」といった疑問がお客さまに生じ、バングラデシュが抱える貧困の問題に少しでも関心を持つ人が増えればと思っています。

-大塚さんは、以前からソーシャルビジネスに関心があったのですか?

以前は「社会貢献」や「世界平和」など真面目に考えたことなどありませんでした(笑)。

 

-ソーシャルビジネスに関心を持つきっかけは。

話せば長くなるのですが…(笑)。ボーダレス・ジャパンに入社する前は、広告営業の仕事に携わっていました。仕事は充実していたのですが、30歳を目前に、日取りまで決めていた結婚式がまさかの破談に。その後、過労がたたって体調も崩し、「生き方を変えよう」と退職を決意。日本にいると、30歳までに結婚しなきゃとか、結婚している友人と自分を比べて落ち込んだりするので、「全財産を使い切り、考え方や価値観をリセットする!」と、海外へ飛びました。

 

-波乱万丈の半生と行動力ですね…。

たしかに(笑)。でも、全ては「いま」に繋がっているので、どの体験も自分にとって必要だったと思っています。英語もそんなに得意でないのに思い切って海外へ飛び出し、フィリピンに英語留学。その後、ヨーロッパや中南米など10数カ国をめぐりました。渡航して半年後には、ミャンマーの企業に就職。日本企業とのやり取りやスタッフ教育、日本語学校の広報などを担当していましたが、母が体調を崩したとの連絡を受け、帰国しました。その後、日本でもミャンマーと関われる仕事を探していたところ、ボーダレス・ジャパンに出会ったんです。

ミャンマーの僧院(孤児院)のみんなと

ミャンマーの僧院(孤児院)のみんなと

-仕事のやりがいは。

ボーダレス・ジャパンでは、何よりもスピードが求められます。スピードがないと、問題解決が遅れてしまうんです。

以前、バングラデシュに行ったとき、まだ11歳~12歳なのに母親となり、娼婦をしなければ生きていけない状況に陥っている女性たちがいることを知りました。同じ女性として、心が痛みました。シェルターハウスで子どもたちと対面し、「こんなこと許されない」「教育の大切さを伝え、母親が娼婦とならずとも親子そろって元気に生きていける社会にしたい」。心からそう思いました。私たちのビジネスが加速し、販路を広げることができればそれだけ現地の人に多くの仕事をつくることができます。それが仕事のやりがいにつながっています。

シェルターハウスのみんなと

シェルターハウスのみんなと

-ボーダレス・ジャパンの魅力は。

くだらない価値観がないことです。ボス(田口一成会長)以下、みんなフラットで、共通の明確な目的を持っている。求められるのはスピード感と決断力。入社したときからずっと「クリアで清々しい会社」だと思っています。

天神の地下街に初めて1号店をオープンした当日の祝杯

天神の地下街に初めて1号店をオープンした当日の祝杯。手前左から2番目が田口会長。

-最後に、今後の夢を教えてください。

世界で生じている社会問題に加え、発達障害や高齢者問題などにも取り組んで行きたいと思っています。何より、一番に世界中の子どもたちが安心して学ぶことができ、自らの道を選ぶことができる世の中にしたい。そして、すべての人が明日も生きたいと思う世界にしたい。このために生きていきたいというのが、今の私のポリシーです。そのためには、経験のないことでも挑戦していきたいと思っています。

 

※情報は2016.1.30時点のものです

大塚祐子さん

ボーダレス・ジャパン アライアンス統括マネージャー、広報・PR担当。Business Leather Factoryに所属し、バングラデシュに雇用をつくるビジネス革製品のブランディングや店舗展開を担当。座右の銘は「Carpe diem quam minimum credula postero(明日のことはできるだけ信用せず、その日の花を摘め)」

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