覚悟があれば壁は乗り越えられる 宮原まゆみさん(ハワイの母)

宮原まゆみさんは、ハワイで通訳や翻訳、イベントコーディネーション、教育、医療研修視察コーディネーション、ホームステイプログラム、現地学校訪問、バイリンガル司会などなど、マルチに活躍する女性です。1994年に国際交流を推進する「リボン・プロダクションズ」を起業。教育関連の仕事も多く、多くの留学生から“ハワイの母”と呼ばれています。そんな宮原さんに、ご自身の経験やハワイの魅力について聞いてみました。

ハワイの大学生と交流する生徒

ハワイの大学生と交流する生徒

-ハワイとの出会いは?

高校時代から漠然と外国への憧れがありました。留学について父に相談したら「自分でお金を貯めたら行っていい」と言われ、2年生の時に進学コースから就職コースへ。卒業後、3年間銀行で働き、貯金をしてハワイへ留学をしました。当時はインターネットもありませんから、アメリカ領事館や紀伊國屋書店に行ってパンフレットを取り寄せたり、情報はすべて自分の足で得ました。数あるパンフレットの中で、私の理想とする“働きながら学べる環境”が整った学校がハワイでした。

-高校時代の夢を社会人になって叶えたんですね。

高校生のころ、将来の夢について聞かれて「勉強して大学に行く」と答える友人たちが少なくありませんでしたが、私は「進学」が夢というのは何か違うと思っていました。学生時代に学んだことの先に何があるのか。自分はどんな人間になるのか。そんなことをずっと考えていました。そんな時、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいて、こんな言葉と出会いました。

「人生は一場の芝居だというが、芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は、舞台は他人が作ってくれる。なまの人生は、自分で自分の柄に適う舞台をこつこつ作って、そのうえで芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせぬ」

自分の人生の舞台は自分で決める。その言葉を反芻していると、留学したいという気持ちがさらに強くなった。ただ、「留学する」ことが夢で、その先が曖昧だったので、留学後は結構苦労しましたけれど(笑)。

-ご両親は留学をすんなり認めてくれたのですか?

いいえ。父は「自分でお金を貯めたら」と言ったことすら忘れて、すごく反対しました(笑)。一方で、母は自分が戦争で高等教育を受けられなかった事情があり、「行きなさい」と後押ししてくれました。母の説得もあり、父もようやく納得してくれました。

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