『西郷どん』最期の戦い2 政府軍のピンチで登場した「抜刀隊」

西郷隆盛の生涯を描く大河ドラマ『西郷どん』。その最期の舞台となるのは、52歳の生涯を閉じることになる「西南戦争」だ。九州が戦場になった「西南戦争」を福岡の人たちはどう受け止めていたのか。

140年前の新聞を元に『西郷どん』の最期の戦いを再現してみよう。

【前回の話はこちら▼】
超レア!140年前の福岡の新聞が伝えた『西郷どん』最期の戦い1

前回の筑紫新聞カルトクイズ1

福岡の人々が新聞で最も知りたいことはなんだったのか。
(1)官軍と薩軍の戦いの行方
(2)日本を取り巻く国際情勢
(3)芝居や歌舞伎などの娯楽

答えは(1)官軍と薩軍の戦いの行方、でした。

「筑紫新聞」が最初に報道したこと。それは、その時の福岡の人々が最も知りたい情報だった。

「西南戦争」の行方はどうなっているのか。薩摩軍が優勢なのか。官軍が勝つのか。福岡の商人も市民も、旧武士たちも固唾を飲んで戦況を見守っていた。

薩摩軍が勝てば、次の戦場は確実に福岡県内となる。

政府軍と薩摩軍の攻防は、熊本県北部の田原坂の戦場で膠着状態となり、一進一退の攻防が続いていた。

薩軍が篭った陣地(西日本新聞社提供)

薩軍が篭った陣地(西日本新聞社提供)

薩摩軍は、小銃など武器の装備では政府軍に劣っていた、しかし、小銃が役に立たない至近距離での白兵戦となると旧武士が中心の薩摩軍は、剣術の達人ぞろいだった。日本刀で斬り込み、農民を徴兵して編成していた政府軍を圧倒した。

政府軍内部でも、武芸に秀でた旧武士に日本刀を持たせて斬り込みしようという戦法が採用される。

大砲と小銃が中心の近代兵器の時代だったが、一度は廃れた日本刀が戦場で威力を発揮したというわけだ。薩摩軍に対抗するため、政府軍も警察官の中から士族あがりの剣術の達人を百名単位で選抜。「抜刀隊」と名づけて、田原坂に投入する。これが「西南戦争」の局面を変えた。

西南の役で西郷隆盛の率いる薩摩軍が使った「弾丸箱」(西日本新聞社提供)

西南の役で西郷隆盛の率いる薩摩軍が使った「弾丸箱」(西日本新聞社提供)

筑紫新聞は「警視庁の抜刀隊」をいち早く報道

「筑紫新聞」3月24日創刊号は、この「抜刀隊の斬り込み」についても、いち早く報道している。

「3月17日朝、陣地を守る薩摩軍に対して、日本刀を持った警察官で編成した一団が、ラッパを合図に突撃。頑強に抵抗する薩摩軍を撃破、戦いの流れを決める。このできごとに数千の兵士や作業員らが、歓声を挙げて勝利を祝った」とある。

戦争が終わって後に、芝居や読み物のハイライト場面として繰り返し描かれ、作詞作曲されて「抜刀隊」という歌にも描かれた出来事だ。

なおも、激しく抵抗する薩摩軍に対して、「…官軍の本陣は二股村。薩摩軍の本陣は田原坂。…官軍は田原坂を見下ろす位置に大砲を据えて砲撃し、小銃隊が坂の下から攻め上る」

「3月20日朝…官軍が田原坂に進撃して、薩摩軍の大砲小銃数百を奪って植木を制圧。薩摩軍陣地を攻撃して弾薬等も焼き払う…」と官軍の勝利を伝えている。

一連の記事を合わせて読めば、警視庁抜刀隊の活躍もあり、官軍が優勢となっている、と理解できる。

焼け野原になった熊本の城下町(西日本新聞社提供)

焼け野原になった熊本の城下町(西日本新聞社提供)

激戦の戦場にトンデモ親子が出現

相次ぐ激戦の結果、戦場は、「古語に云ふ 杵を漂はす(※血が流れて川となり 洗濯用のたたき棒が流れるほどである)とかの有様」戦死者がいたるところに倒れているという凄惨な光景も伝えている。

これほどの大変な激戦の最中。官軍の陣地があった羽根太町に、とんでもない一家がいた。それはどんな一家だったのか。

■筑紫新聞カルトクイズ2■

銃砲弾飛び交う戦場で、ある一家4人が取った驚きの行動とは?
(1)「戦争をやめよう!」と両軍に演説
(2)一家が総出で川から水を汲み続ける
(3)4人揃って前線を横断して山に逃亡

答えは次回!『西郷どん』最期の戦い3 弾雨の中、トンデモ親子が出現

<関連記事>

超レア!140年前の福岡の新聞が伝えた『西郷どん』最期の戦い1

『西郷どん』最期の戦い2 政府軍のピンチで登場した「抜刀隊」

『西郷どん』最期の戦い4 当時の新聞についていた画期的な附録とは?

『西郷どん』最期の戦い5 反乱軍の蜂起で福岡は騒然

※情報は2018.6.12時点のものです

げこげこ大王28世

1997年1月から2005年12月まで、げこげこ大王7世として、カエルに特化したニュースを集めたインターネット「かえる新聞」を運営。1999年から2008年まで10年間、そこから派生したイベント「福岡かえる展」を主宰した。

2012年、げこげこ大王28世の名で、筑豊を舞台にした映画脚本「川筋男貫徹炭坑節命(かわすじおのこくわんてつたんこうぶしいのち)」が第1回松田優作賞・優秀賞を受賞。2013年、福岡市ワンミニットフィルム コンペティションで映像作品「博多手一本にやり直しはない」(古野翼監督、優秀賞受賞)の脚本を担当。地元、九州を描いた創作も続けている。

現在は、フェイスブック上で「全国かえる奉賛会」を主宰し、2018年、10年ぶりに「福岡かえる展11」を復活する。

趣味は古今東西の戦記を読むこと。西郷隆盛の最後の戦い「西南戦争」を報道した明治時代の新聞「筑紫新聞」(1877年、明治10年)の読み解きにもかかわり、当時の戦況報道を検証している。

この記事もおすすめ