580人の遊女の供養 「紫陽花と博多人形」が彩る選擇寺

「福岡はショッピングやグルメはとても充実しているけれど、“観光”となると行くところがない」なんて話をよく耳にします。でも、地元民にもあまり知られてないだけで、観光すべき名所や穴場はあるんです。「へぇ~、知らんかった~」という観光の穴場や、ココ、実は名所なんですというとっておきのネタをご紹介します。

官内筋に面する選擇寺の山門

官内筋に面する選擇寺の山門

毎年6月27日に中呉服町の選擇寺(せんちゃくじ)で行われる「紫陽花忌」。江戸時代に旧大浜小学校(現博多高等学園)あたりにあった花街「柳町」で名娼と呼ばれた遊女・雪友の命日にちなんだ法要です。

■花街・柳町の表と裏

柳町とは福岡藩公設の遊郭で、周囲は塀で囲まれて遊女や武士の出入りは厳しく取り締まられていました。博多座で“ご当地もの”として時々演じられる歌舞伎「恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)」、通称「毛剃(けぞり)」(原作は近松門左衛門の浄瑠璃「博多小女郎浪枕(はかたこじょろうなみまくら)」)の舞台としても知られています。

歌舞伎では柳町の遊女・小女郎が京の商人・小町屋惣七の愛人である華やかな女性として描かれていますが、実際には過酷な労働と厳しい生活環境で若くして亡くなる遊女も多かったとか。

そんな薄幸の娘たちの「投げ込み寺」(お葬式を営まれこともなく、亡くなった遊女の遺体を寺の境内に投げ込まれ、後事を寺に託される)の一つとなっていたのが選擇寺だったのです。

境内裏手にある雪友と母親の墓

境内裏手にある雪友と母親の墓

■選擇寺に眠る雪友

選擇寺の過去帳には580人もの遊女の戒名が記されています。その一人で雪友と呼ばれた遊女は、亡くなった母のために身を削って蓄えたであろう大金十両と大鐘を寺に寄進。

雪友自身も19歳という若さでなくなり、母親と共にこの寺に葬られています。ちょうど本堂の裏手に雪友と母親の墓があります。

紫陽花忌当日はこれまでに奉納された人形がいっせいに披露される

紫陽花忌当日はこれまでに奉納された人形がいっせいに披露される

■紫陽花忌

雪友の命日である6月27日に行われる「紫陽花忌」は、同寺の有田量俊住職が遊女たちの法要のために昭和六十年ごろから始めたものです。

これを伝え聞いた博多町人文化連盟の故帯谷瑛之介氏らが博多人形作家協会に呼びかけ、遊女たちの可憐な博多人形が毎年奉納されるようになったとか。

毎年着々とその数を増やし、最終的には過去帳にある580人分の人形の奉納を目指しているとのこと。

一般の方でもお参りできますので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

※情報は2018.6.22時点のものです

兵土G.剛

福岡歴史さんぽ案内人。

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