東日本大震災から4年、そして世界から忘れ去られたハイチ大地震は5年が経過~珍国の女王★度々世界旅~

東日本大震災から4年が経った。M9.0の大地震による被害は

死者、行方不明者1万8475人、仮設住宅や親族の家など避難生活を

余儀なくされている人々は約22万9千人。

3月11日、地震が発生した14:46にはほとんどの人が黙祷を捧げたのでは

ないだろうか。

 

そして東日本大震災の約1年前、2010年1月12日にカリブ海に浮かぶ

小さな島国、中南米最貧国【ハイチ】でM7.0の大地震が発生した。

30万人以上の死者と150万人が家を失い、震災から5年経った今も

約8万人の人々がテント暮らしだ。

 

私はこの二つの地域にそれぞれ2回ずつ訪れている。

東北は震災後2回、ハイチは震災前と震災後に。

 

どちらを書こうか迷ったが、日本ではもうほとんど取り上げられることのない

ハイチのことを書こうと思う。

 

ハイチはカリブ海に浮かぶ人口900万人の小さな島。公用語はフランス語。

国名は先住民の言葉で「山ばかりの土地」を意味する。

国名は先住民の言葉で「山ばかりの土地」を意味する。

以下、ハイチの事を少し。

ハイチの歴史は複雑なので、内容はかなり要約している。

 

***********************************

昔、アラワク人と言う先住民が住んでいたが、1500年ごろにスペイン人に絶滅させられ、

その後から奴隷制度が進んで行く。

植民地争いで支配はスペインからフランスへ移り変わり、更に多くの黒人を奴隷として連行。

サトウキビやコーヒー栽培の重労働を強いる。

それによって、フランスは巨万の富を得る。

1789年のフランス革命を機に、ハイチでも独立運動が盛んになり

1804年1月1日、独立を宣言。

ナポレオンに倣ったデサリーヌは皇帝として即位、建国の父と呼ばれる。

その後、世界で初めての黒人による共和国、そして南米初の独立国の誕生となり、

各国に強制連行された黒人奴隷たちに刺激を与える。

しかし、ハイチ内南北の統制の違いや、スペインの占領下にあった

隣国ドミニカから再度スペインの支配、更にまたフランスも絡み

なかなか国際社会からは独立の承認が得られなかった。

更に、フランスは占領時代に築いた農園などをハイチが接収したと莫大なる賠償金を請求。

独立の代償としてハイチは支払に応じるが、

この賠償金が長年ハイチを苦しめることとなる。

1870年後半になっても国家分裂、反乱、内戦、頻繁な大統領の交代などでハイチは混乱し続けたが、砂糖貿易等で経済発展を遂げてった。

それを狙い今度はドイツが占領を目論む。

しかしアメリカが黙ってはいない。

1915年にアメリカはフランスへの債務を肩代わりすると言い、海兵隊が上陸。

しばらくはアメリカが統治するが、1934年の世界恐慌を機にアメリカは撤退。

以降、2000年代に入ってからもハイチは軍事クーデターを繰り返す。

 

首都は、ポルトー・プランス。フランス語で「王子の港」

国民の5割以上が1日1ドルで暮らしているという世界最貧国の一つ。

***************************************

国名の通り、山ばかりのハイチは山を切り開いて出来た。

 

緑がとても多くヨーロッパからトレッキングに来る人も多い。
山手の方には高級ホテルや高級住宅地が多数。

色彩豊かな乗り合いバス。

色彩豊かな乗り合いバス。

個性豊かな乗り合いバスは見ているだけでも楽しい。

個性豊かな乗り合いバスは見ているだけでも楽しい。

世界的に有名なハイチアン・アート。

 

町の至るところで、このように売られているのを見かける。
現地スタッフに「有名人が書いたの?」と聞くと
路上で売られている作品の画家名は「誰でも」とのこと。
「誰でも書ける人が書いて売っている」ということらしい。

画家名「誰でも」にしてはクオリティーが高い!

画家名「誰でも」にしてはクオリティーが高い!

確かに有名なハイチアン・アートの画家の作品は美術品が売っているお店に。

生活、宗教、歴史などジャンルは様々。

生活、宗教、歴史などジャンルは様々。

すごく気に入った1枚。「欲しいの?」と聞かれたが、金額もそうだが

それ以前に日本まで綺麗な状態で持って帰るのが困難なことを伝えると

お店の人がこう言うのだ。

「写真を撮ってそれをプリントアウトして家に飾っておけばいい!」

何となく良心が傷んだので撮影を許可してくれた方にチップを渡す。

何となく良心が傷んだので撮影を許可してくれた方にチップを渡す。

宿泊した「ホテル キナム」

数日後に陸路で隣国のドミニカ共和国に行く予定だったので

ドミニカ行のバスターミナルの近くで便利だった。

ハイチを代表する歴史的建造物「ジンジャー・ブレッド」様式

ハイチを代表する歴史的建造物「ジンジャー・ブレッド」様式

格子状に並ぶ木材や、レースのような細工が特徴。

ハイチ市内でも良く見られる。

森林伐採をし過ぎ、活用出来る木材はほぼ失ってしまったハイチ。

地震ではブロックの建物はことごとく崩壊したが、この様式の建物は

崩壊を免れた。自然災害に耐える建造物として注目されている。

ハイチ人の誇りであるジンジャー・ブレッドハウス。

ハイチ人の誇りであるジンジャー・ブレッドハウス。

ホテル内はまるで別世界。

ホテル内はまるで別世界。

人々が密集するマーケットエリア・・・
この人口密集はある意味ハイチ名物。

写真の奥の方まで、人、人、人。。。。。

写真の奥の方まで、人、人、人。。。。。

珍国慣れしている女王もさすがに歩くのは躊躇したマーケット。

でも、歩きたいので注目を浴びながら散策してみる。

でも、歩きたいので注目を浴びながら散策してみる。

そして、至る所で目にする震災の爪痕。

倒壊した建物の下で商店を開く人がたくさん。

倒壊した建物の下で商店を開く人がたくさん。

街の中心部まで来ればどこからでも見える美しい大聖堂だったが…

前面だけ残し、あとは全て崩壊してしまった。

前面だけ残し、あとは全て崩壊してしまった。

崩壊した大聖堂の傍らでミサが行われるそうだ。

崩壊した大聖堂の傍らでミサが行われるそうだ。

当時、テレビで何度も放送された倒壊した「大統領官邸」

当時は官僚でさえ、屋内で避難する場所はなかったらしい。今は解体され、再建が行われている。

当時は官僚でさえ、屋内で避難する場所はなかったらしい。今は解体され、再建が行われている。

官邸前の独立広場は仮設テントや仮設トイレで埋め尽くされている。

広いスペースに所狭しと設置された仮設テント。

広いスペースに所狭しと設置された仮設テント。

空港近く。とにかく広いスペースがあっただろう場所には仮設テント。

衛生面は劣悪で、伝染病の原因となる。

衛生面は劣悪で、伝染病の原因となる。

一度目の訪問の時にハイチでお世話になった方は倒壊した大統領官邸の近くがオフィスだった。

ハイチ生まれのフランス人で、背が高くちょっと早口でせっかちだけど、

とても紳士的で優しい人だった。

ハイチという国を心から愛していることが良く伝わって来た。

 

震災前、「今からハイチは変わるんだ。ハイチはどんどん良くなるんだ!」

 

と誇らしげに語ってくれたことを今も思い出す。

その時にお世話になったハイチ人のドライバーには娘が二人いて、

とっても優しく温厚で物腰柔らかい人だった。

 

二度目の訪問の時に「また彼らに是非お世話になりたい。」と思い

メールをしたが返信は来なかった。

震災後に訪れると、そのオフィスビルは跡形もなかった。

彼らがどうなってしまったのかは分からない。

 

現在、首都中心部では政府関係の建物などは復興が進んでいるが、

人々の暮らしは置き去りのままと言う。

震災で生き残っても、その後に蔓延したコレラで命を落とす人もいる。

そのコレラの原因は支援活動をする国連PKOの汚水の垂れ流しだったとか。

また毎年のようにハリケーンが来ることも復興の妨げになっている。

 

震災から5年経った今、

「世界中から忘れ去られたハイチ」と言われるようになった。

徐々に支援も減り、今年にはPKOも半減するそうだ。

 

ヨーロッパ統治時代からの支配と独立運動の繰り返し、独立承認後の

賠償問題、長きに渡るクーデターと独裁政権、そして災害。

ハイチが抱える問題は本当に深刻。

空港では養子縁組制度でヨーロッパ人夫婦の子供となるハイチの子供達を見かけた。

その子達に笑顔はなかった。

 

世界初の黒人国家を樹立したハイチ人の誇り。

誰にも屈しないという強い思いが込められている銅像だが…

誰にも屈しないという強い思いが込められている銅像だが…

このままだと国民は自国に屈する時が来てしまう。

今のハイチは他国の支援でしか復興出来ない。

世界が少しでもハイチに目を向けてくれることを願う。

 

今日のコラムは「ハイチの現状を考えると、東日本はまだマシだ。」

ということを言いたいのではない。

東日本大震災の1年前にハイチでも大地震が起き、

今でも同じように苦しんでいる人々がいることを知ってもらいたかっただけだ。

 

最後に、宮城県の閖上中学校を訪れた時に目にしたものを。

涙が止まらなかった。

全犠牲者のご冥福と被災地の復興を心より祈念いたします。

※情報は2015.3.13時点のものです

珍国の女王

  • 【珍国→珍しい国→日常ではあまり耳にすることのない国】

    縁あって100ヶ国以上の国や地域を訪問させて頂いております。 なぜ、自分で女王と言ってるかというと、西ヨーロッパ諸国を訪問した時に 立て続けに現地の人に、どこかの女王に似てると言われて有頂天になってるから。 どこの国の女王かは不明だけど。 特技は、どんな地域にでも雨を降らせて、虹を架けること。 究極の雨女です!

この記事もおすすめ