太平洋戦争がソロモン諸島に残したもの。「平和の根を張ろう」~珍国の女王★度々世界旅~

2015年4月29日 現地時間午前11時過ぎ(日本時間、本日未明)

安倍首相がアメリカ議会の上下両院合同会議で演説を行った。

演説前、コラムを完成させようと別の国の記事を書いていたのだが

70年前の大戦にも触れた安倍首相の演説を聞いて、

日米で激戦が繰り広げられたソロモン諸島を書くことにした。

 

真珠湾攻撃などを取り上げ

「先の大戦における痛切な反省。」

「若くして命を落とした米兵に深い哀悼の意を捧げる。」

と戦争問題に触れた安倍首相。

 

今日ご紹介するソロモン諸島は日本軍と米軍の壮絶な戦いがあった場所であり、

日本軍にとっては太平洋戦争一の激戦地と言われている。

専門家ではないので、戦争問題や日米間についてどうこう言える知識はないが、

両国がこの地で戦った悲惨な事実があることを知って欲しいと思う。

 

まずはソロモンのことを少し。

**********

ソロモン諸島は大小合わせて1000の島が点在。

熱帯雨林に覆われた島は火山列島としても知られており、度々地震が発生する。 

地図上、中心より左寄りに位置する。

地図上、中心より左寄りに位置する。

ソロモン上空。

他の太平洋諸国と違って、一種独特な雰囲気は上空からも感じられる。

他の太平洋諸国と違って、一種独特な雰囲気は上空からも感じられる。

ソロモンは1568年、スペイン人が渡来し、砂金を発見。

当時、古代イスラエルのソロモン王が砂金を探し求めており、これが王の財宝だと考え、

島に「ソロモン」の名前を付けたそうだ。

首都はホニアラ。人口は約544万人。

宗教は96%がキリスト教。

公用語は英語だが、英語と現地語が混ざったピジン語が主。

 

ソロモンは太平洋州だが、お気楽な南国気分とは行かない。

身構える要素がいくつかある。

 

「ソロモンの蚊に刺されるとマラリア(発熱性伝染病)にかかる恐れがある。」

「性犯罪が多い国だから特に女性は一人で歩かないこと。PNGと同じくらい。」

 

マラリアも怖いが、性犯罪は心底怖い。

 

太平洋州にはPNG(パプアニューギニア)という国があるが、

そこは性犯罪においては「世界一」とも言われている。

海外の機関や団体はPNGへは女性スタッフを派遣しない方針を取っている国もあるとか。

そこと同じくらいとは、いくらアラフォー女王でもビビった。

まあ、基本がビビりなので、一人で出歩くことは絶対にしないが・・・。

 

そして、もう一つ。

ソロモンは第二次世界大戦で日本軍と米軍が戦った地。

この地に来る度に、心に様々な思いが駆け巡る。 

**********

それではソロモンで見聞きし、学んだことを書いていきたいと思う。

 

太平洋戦争中、日本軍はフィジーやサモア、ニューカレードニアを攻略する為に

ソロモンのカダルガナル島(現在の首都ホニアラがある島)に飛行場建設を始めた。

米軍はその飛行場を奪取するために、カダルガナル島へ上陸。

 

太平洋一の激戦の地と言われるソロモンで日本軍は壮絶な戦いを繰り広げ、

飢えとマラリア病に苦しみ敵軍に怯えながらジャングルを逃げまどい、

残酷な最期の時を迎えた。

 

カダルガナル島には山から流れる川がいくつもある。

現在のイル川(当時のアリゲーター・クリーク)

現在のイル川(当時のアリゲーター・クリーク)

わずか900人の将兵で1万人超の米軍と戦わざるを得なかった

「一木支隊の抵抗」は今も語り伝えられている。

一木支隊の進撃はこのアリゲーター・クリークを挟んだところで、

アメリカ軍からの抵抗を受ける。

川が海に出る河口では「バンザイ」を叫びながら、日本兵は米軍の機関銃に突撃して行ったとか。

その河口付近は「地獄の岬」と呼ばれている。

 

戦いは日本側の情報誤認による作戦ミスや物資支援も乏しく、飢えやマラリアに感染し、大敗。

カダルガナルの戦いでの日本軍の死傷者24,000人は日本軍の想像を超えていた。

対して米軍の死傷者は6,000人。

 

ここは連合軍の上陸と補給地点であった場所。

写真は当時使われた米軍の水陸両用戦車トラクター。

確実な数字は不明だが、この付近のジャングルには35台くらいが放置されたままということだ。

たくさんの命を奪って来た戦車から生命の力強さが。反戦を訴えかけるような光景からしばらく目が離せなかった。

たくさんの命を奪って来た戦車から生命の力強さが。反戦を訴えかけるような光景からしばらく目が離せなかった。

ソロモンにはたくさんの戦跡が残る。

これはタサファロング海岸にある貨物船の「鬼怒川丸」

物資揚陸を果たせないまま、敵機奇襲により沈没。

この付近には他に3隻沈没しているそうだ。

この付近には他に3隻沈没しているそうだ。

これは島の西部の「野外戦争博物館」に置かれているもの。

博物館と言っても、外に放置されているような感じだ。

慰霊に訪れる日本人の為にオーナーがあちらこちらから集めて来たらしい。

慰霊に訪れる日本人の為にオーナーがあちらこちらから集めて来たらしい。

そして、カダルカナルの戦いで亡くなった方々の為に慰霊碑があると知り

前々からソロモンを訪れた際は心から礼拝したいと思っていた。

初めて慰霊碑を訪れた2010年2月。

日本側の慰霊碑の管理のひどさにとてもとても悲しい気持ちに。

落書きだらけの慰霊碑。

落書きだらけの慰霊碑。

慰霊碑は「アウスティン山」にあり、国の機関ではない日本の団体によって建設された。

ここカダルカナルで戦死した全ての人の魂を鎮めるための慰霊碑。

平和公園とも称されているが、ここに来て一番に目に入ったのはこの落書き。

落書きは慰霊祭などイベントが行われる時は消されるが、日が経てばまた落書きが。

そして、別に銅製の碑があったのだが、物が少ないこの国では、人は置いてあるものを

何でも持って行くという習慣があるようで、慰霊祭の時以外は別の場所に保管してあるとのことだった。

 

時を経て、3回目のソロモン訪問がやって来た。

標高140m位の小高い山の頂上にあるアウスティン山を登りながら

いつもお世話になるホテル付きガイドのF君がこう言う。

アウスティン周辺の山々は終戦直前、後方支援も何もない日本軍が米軍から逃げ回った場所。

アウスティン周辺の山々は終戦直前、後方支援も何もない日本軍が米軍から逃げ回った場所。

「前回あなたが来た時とは随分変わっているから、驚かないでね。」

 

戦時中、日本軍が逃げ回ったとされる山々の周辺を車で登りながら

F君の言葉を聞いて、私は動揺した。

 

「もしもっと悪くなっていたらどうしよう・・・」

 

その変わった様子を見た瞬間、涙が溢れた。

野晒し状態だった場所は綺麗に整備され、壁できちんと囲われている。

そして門番も常駐しているではないか!!!

 

下記「碑文」にあるように

2011年10月に大成建設と北野建設の共同出資で改修工事が行われのだ。

こちらが新しくなった慰霊碑。

落書きなんてない。前とはまるで違う場所のよう。

落書きなんてない。前とはまるで違う場所のよう。

盗まれる可能性があった銅製の碑も埋め込まれている。

盗まれる可能性があった銅製の碑も埋め込まれている。

激戦地全てを見下ろせる場所に平和を象徴する銅像も建てられている。

この慰霊碑の前に立った私にF君が言う。

 

「今までは日本の人をここに案内するのがつらかった。

でも今は自信を持って案内出来る。本当に誇りを感じる。

日本は良くやってくれた。」

 と・・・。

 

彼は純粋なソロモン人。平和で穏やかだったソロモンを戦地にした日本に対して

そういう感覚を抱いてくれているのか…と不思議な気持ちになった。

 

偶然にもこの平和公苑で慰霊ツアーに訪れていた日本人の方々と出会った。

叔父様を亡くされた女性、従兄弟を亡くされた男性、お兄様を亡くされた男性、

親友を亡くされた男性など、10名ほどのツアーだった。

初めての訪問のようで、改修工事後に来てもらって本当に良かったと思った。

慰霊祭では遺族の方が、ハーモニカで「ふるさと」を演奏されていた。

 

~忘れがたき、ふるさと~

 

F君は胸に手を当てて、泣きながら皆と一緒に「ふるさと」を歌っている。

日本語が出来る彼は慰霊ツアーの案内もするし、

旧日本軍の方々の遺骨収集ボランティアにも参加しているそうだ。

どこかの村で戦跡が見つかれば、そこを日本人が訪問出来るように事情を説明し、

交渉もしてくれている。心から感動し、ありがたいと思った。

 

そして、日本の慰霊碑から車で20分ほど走ると、スカイライン・リッジにあるアメリカ側の戦争記念碑へ着く。

日本側の改修工事前にここに来た時、余りの違いに深い溜息と怒りにも似た

感情が込み上げたことを良く覚えている。

米国が管理しているこの場所は高い塀に囲まれ、門の前には警備員がいる。

中に入るとゴミ一つ落ちていない。

それぞれの碑には戦争の歴史や戦いの様子が刻印されている。

それぞれの碑には戦争の歴史や戦いの様子が刻印されている。

日本とアメリカの慰霊碑はちょうど対面するように建てられている。

向こうの丘に小さく白い建物が見えるのが日本側。

陸地戦争では最大の激戦地となった山々を挟み、向き合う対面する二国の慰霊碑。

陸地戦争では最大の激戦地となった山々を挟み、向き合う二国の慰霊碑。

入り口に受付台帳があるのだが、慰霊に訪れた日本人遺族の中には

このアメリカ側の台帳記入を拒否される方も。

遺族の心に深い傷を残している。そのことを感じた瞬間だった。

 

ソロモンには在住されている日本人の方々も私財を費やしながら管理している慰霊碑がある。

これもその一つ。

ソロモンで戦った川口支隊の慰霊碑。

こういった慰霊碑は太平洋州の国々にあるが、日本政府管理ではなく

「遺族会」や「戦友会」などの団体で管理しているケースが多いよう。

その方々の高齢化に伴い、管理状況は徐々に厳しくなっているそうだ。

いつも宿泊する日系ホテル「キタノメンダナホテル」のすぐ近くにある慰霊碑。

いつも宿泊する日系ホテル「キタノメンダナホテル」のすぐ近くにある慰霊碑。

私は戦争を知らないけれども、ここソロモンでは日本にいる時よりも戦争を凄く身近に感じる。

 

F君に聞いてみた。

 

「ソロモンの人達はここを戦地にした日本人のことをどう思っているの?

あなたの気持でもいいし、分かれば現地の方の気持ちを教えて。」

 

彼はこう言う。

 

「当時の人はいきなり軍艦が現れ、飛行機が飛来し爆弾が落とされたり、

外国人が次々に上陸し戦いを始めた様子はただただパニックで驚きでしかなかった。

自分たちは山の奥深くに逃げ込み、村や家が破壊されていく様子を見るしかなかった。

とてもとても悲しい現実だった。」

 

今でも日本政府に抗議文を書いている方はいるそうだ。

 

しかし、

 

「日本が現在ソロモンにしてくれている援助や支援にとても感謝し、

過去は過去、これからの友好関係が大切だ」

 

と考えてくれている方も最近は多いという。

 

専門家でもないし、戦争を知らない私があまり多くのことを語ることは出来ないが、

太平洋戦争の激戦地を訪れ、そこで得た情報が少しでも多くの人に伝われば良いと思う。

 

本日未明のアメリカ国会演説では、安倍首相が集団自衛権にも触れていた。

「人命を最優先させることが日本人の考え方。」

というようなことを話していたが、8月までにどのような結論を出すのだろうか?

世界中が「過ちは繰り返さない」という平和の根っこを張れるといいのだが。

世界中が「過ちは繰り返さない」という平和の根っこを張れるといいのだが。

※これまでの「珍国の女王」コラムはこちら⇒https://fanfunfukuoka.com/tag/queen_traveler/

※情報は2015.4.30時点のものです

珍国の女王

  • 【珍国→珍しい国→日常ではあまり耳にすることのない国】

    縁あって100ヶ国以上の国や地域を訪問させて頂いております。 なぜ、自分で女王と言ってるかというと、西ヨーロッパ諸国を訪問した時に 立て続けに現地の人に、どこかの女王に似てると言われて有頂天になってるから。 どこの国の女王かは不明だけど。 特技は、どんな地域にでも雨を降らせて、虹を架けること。 究極の雨女です!

この記事もおすすめ