地平線の真ん中で学んだこと☆どくだみJAPAN

こんばんは。どくだみジャパンの五番手Sue(すー)です。

 

このメンバーに選ばれたのにはきっとそれなりの理由があるのでしょうが、

一度触るとしば~らく消えてくれない、あの香りのように、このコラムに根付けるよう頑張ります!

 

私の初の海外体験は、中学3年の夏休みに行った一か月間のアメリカでのホームステイでした。

多感な年ごろ、「行くなら絶対大都会!」「NYとかLAやSF」おバカな理想を思いっきりリクエストしました。

で、行き先はと言えば、「ネブラスカ州」

どこにあるか知ってますか?アメリカ合衆国のど真ん中あたり・・・・。

SFに入国し、「ネブラスカへ行く」と伝えると、

イミグレーションの窓口の人が「た~っくさん牛がいるよ」

大都会をリクエストしたのに、牛・・・・?

嫌な予感は的中しました。

 

まずホストファミリーとの合流はデンバー(コロラド州)

そこからは一緒に来たお友達と最終日までお別れ。

 

ホームステイ宅に向かうかと思いきや、とある場所に連れて行かれた。

 

きっとどこに行くか説明されたのだろうが、もちろん「?」

理解もできず、訳もわからないまま、入った建物で白衣と帽子を着せられた。

 

大きな工場の工場見学コース?

 

でもそこは、牛の屠殺場だった。

訳も分からずすすむ作業場には牛の生首などがあり、ショックというよりは

付いていくのが必死だった。

 

結局最後は広~い冷蔵庫に無数の逆さづりになった大きな塊の肉の中をぬって、

ある一つの塊の前で、中学1~2年生のホストシスターが自慢げにそのお肉を指さし、

「私が育てた牛よ」

 

衝撃はまだまだ続く。ホスト宅につくと、周りは見渡す限り草原。

地平線の彼方まで360度、お隣の家なんてない。

初めての夜、家の周囲は街灯もないから、外は限りなく暗闇。

そこへ、一筋の光が!何度も光る!

 

未知との遭遇だ!カメラを握りしめ、ずっと外を見つめる。

 

真っ暗闇に光が走る瞬間、地平線全てが一瞬にしてあらわれる!壮観な眺め。

数日にわたり、真夜中カメラを握って待っていたが何も出てこなかった。(笑)

未知との遭遇はなかったが、乾燥地帯なので、しょっちゅう雷が発生するだけの事だった。

でも今でもあの暗やみに光る地平線は脳裏に焼き付いている。

結局、大都会をリクエストした私は、大田舎に行かされた。

オシャレなショッピングどころの話ではない。

 

でも、どんな境遇でも楽しみたい!のは私の天性?

 

タイヤのチューブ浮き輪で川下りを楽しんだり(川下に眼をやると、牛も川に入っていた。牛のお土産も浮かんでたり)

裸馬に乗って走ったり、家畜の品評会に一緒に参加したり、想定外なことを沢山経験させてもらった。

 

ホストファミリーは、高校生と中学生の女の子、年長ぐらいの男の子の3人姉弟だった。

私の会話の相手をしてくれたのは、ほとんどその弟だった。

私のレベルはそんなものだった。慣れてくると喧嘩もよくした。

でも、帰国前日、その子と車の席を取り合っていると、

ふと「Sueは明日帰るんだった!今日は譲るよ」と急にしおらしく優しくなった。

あの子がいてよかった。

 

もう30年くらい前の話になる。

 

牛の生首も未知との遭遇も、牛との行水も決して無駄にはなっていない。

忙しすぎて昨日の話も忘れてしまいそうな今の私の頭にこんなにも焼き付いている思い出。

私を地平線の真ん中に陥れてくれた先生に感謝したい。

違う国の人と交流することは決して難しいことではないと肌で感じた。

望んでない場所にこそ学ぶことは宝のようにあると信じている。

 

あと2年もすると長女もそのころの私と同じ年になる。

幸せにも、娘は海外の色々なところにすでに連れて行ってもらっている。

でも、ホームステイをするなら、やっぱり同じようなところへ行かせたい。

旅行と生活をするのは全く別の経験。生活をしなければ、経験出来ないことが沢山ある

 

私の性格によく似た娘なら、どんなところでもきっと楽しんでくれるはずだ。

たとえ「アップル」くらいしか言えないとしても。

【どくだみJAPAN☆は毎週月曜日午後9時にお届けします】

※情報は2014.3.10時点のものです

Sue

  • Sunnyside Nursery & Preschool 園長 2011年3月11日。西新に子どもたちの笑顔で日向ぼっこが出来るバイリンガル保育園を 立ち上げる決意をし、4月よりスタート。日々太陽のような子どもたちの笑顔で日光浴を楽しむ。

    海と太陽をこよなく愛し、夏が待てない今日この頃。 ハワイ進出が目下の夢!

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